『主張しまくる黒い魔物』
オーケストラだけでなく、アンサンブルでも何でもそうですが、燕尾服やタキシードなどの正装を持って演奏している方々の足元をご覧になったことは有るでしょうか?
男性ならばぴっかぴかのエナメルシューズが思いっきり主張しているのですが、視線がそこに行かないので案外気付かない。
まして女性は基本的にくるぶしの見えないロングスカートを着用するのが基本ですので何を履いているのかさっぱりですw。
まぁ、この辺り前回のステージマナーで少し触れた通り、そのオケごとのルールがあるので一概にコレというのは有りません。
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まして、アマチュアオーケストラであれば黒い革靴なら何でもいいよ、というところが殆どかと思います。とはいえ、そんなところに颯爽と現れたエナメルシューズ君が耳目共に注目を集めるとするならば、生き馬の目を抜くほどに差別化を図らねばならない我々にとって、平たく言えば目立ってナンボの我々には、あの鏡面仕上げの輝きが中々面白いツールになると思われます
『そもそもエナメルってなんやねん』
昨今はエナメルレザー(enamel leather)とは言わずパテントレザー(patent leather)という表現で用いられます。
クロムなめしをした革の表面(銀面)に、エナメル塗料を塗って仕上げたもの。強い光沢と、ある程度の耐水性があり、礼装用、婦人用などの靴の甲革、ハンドバッグやベルトなどに使用される。以前は、油性ワニスと顔料を混合したエナメル塗料が用いられたが、最近ではウレタン系樹脂を使用することが多い。ウレタン系樹脂を用いた革は耐摩耗性や耐溶剤性は強いが、エナメル塗料によるものより感触などは悪い。
出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
パテントレザーは、1800年代前半から数々の発明家たちが「水分や汚れに強く丈夫な革」を作ろうと開発し特許を出願、最終的には1818~1819年にアメリカの発明家Seth Boydenが確立した製法がメジャーとなったもので、なめした革の上に亜麻仁油ベースのラッカー剤を幾重にも覆ったものでした。皮肉にも当時の発明家たちが目指した方向とは異なり、当初の目的とは全く違う「見た目の光沢の良さ」でスポットライトを浴びることになりました。
全く話が逸れますが「クロムなめしをした革」ってファッション雑誌でよく見かけます。そもそも鞣し(なめし)って牛や馬などの皮を剥ぎとった原皮(げんぴ)を腐らせないように塩漬けにしてあるもの、これをタンニンやクロムにどぶ漬けして皮を腐らないように人工的に加工することが、鞣し(なめし)の作業なのです。これを専門に行う業者をタンナーと呼び、この鞣しの方法、手間ひまの掛け方で仕上がりの製品品質、経年変化の楽しみが変わってくる、というこの辺りがファッション雑誌のストーリーテラーたる所以ですね。ま、ここでは全くと言ってよいほどどうでも良い話なのですが、経年変化の起きにくい、かつ鞣した後の品質も安定している「クロムなめし」の皮革にコーティングして出来上がるのがパテントレザー、というワケですね。
これ、実は大事なポイントでして。
現在は上述の通りエナメル樹脂ではなくウレタン樹脂に変ってきていますが、「コーティングで革の上から皮の弱点をフタしてしまう」発想は開発当初の「水分や汚れに強く丈夫な革」を作りたいというところから変わらず、それゆえ長所は言わずもがな、水分や汚れが内部に染み込まず、手入れをしなくてもキラキラした輝きを維持できる「メンテナンスフリー」がウリとなります。また革の表面をすっぽりコーティングしてしまうので、表面キズ等がある所謂B級品の皮であっても、コーティングをしてしまえば一級品として格上げして流通させることができるというリカバリーの意味合いもあります。
かたや短所としては、絶対的な厚みがあるゆえ深いシワが入りやすく、このシワを起因としてクラック、亀裂になりやすい点が挙げられます。また、革と樹脂コーティングの2層構造なので、温度や湿度の変化で双方の収縮差、挙動差が発生、これが様々な問題の原因となります。例えば乾燥しやすい冬場は表面割れ、そして高温多湿の夏場は樹脂の溶解によるベタ付きや表面剥離など、これらが表面にいったん起きてしまうと、修復は事実上不可能になっちゃいます。
このべたつきはさておき、ベースとなる皮を安定させるために「クロムなめし」なんですね。
そしてこの光沢は、通常の靴墨を使用して出す類のものとは異なり、樹脂そのものが持つ反射性を利用したもの。それゆえに、女性のドレスを汚さない、といった背景からも舞踏会、コンサートその他数多くの正装の場で用いられることが多くなった、という経緯でポピュラーになっていきます。
こう言われても、パテントレザーシューズなんて見たことないよ、という方が殆ど。
そりゃ、そうですよね。メンズシューズでパテントレザーと言えば、長年「夜間の礼装用で色も黒」と相場が決まっていましたので礼服のコーナーに行って初めて置いてある、という代物。しかし昨今ではモード系のブランドが積極的にパテントレザーを取り入れたり、レザースニーカーでも用いるものも増えています。
いまだ当然ながら一般ビジネス用途では派手すぎるので使用は難しいゆえに、使う場所は限定されますが、例えばバッシュのエアジョーダンでパテントレザーを使うとこんなんなります。カッコ良すぎて悶絶してしまいます。
『じゃあどこで買えばよいの?』
もちろんネットで探せば幾らでも出て来る訳ですが、ここはキングオブシューズ、JOHN LOBB行ってみましょうか。
JOHN LOBBは、1858年にJohn Lobbがゴールドラッシュに沸くオーストラリアで鉱夫向けにカスタムメイドの靴をつくり、成功を収めたことに端を発しており、イギリスへ戻ったのちに工房を設立し、ビスポーク専門店としてスタートしたものです。
1976年に経営難に見舞われましたが、高い技術力を買われ、エルメス傘下として今もなおビスポーク界に君臨し続けています。
こんなメーカーがドレスシューズにパテントレザー使っているんですねぇ。
なんて感心してしまってますが、お値段は「おおぅ」というレベル。
まぁ、それもよかろうと思うんです。ここでは敢えて言いませんけれど。
目立ってナンボだから。
と言うことでまた次回。
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