『ヴァイオリンソナタ ト短調 Op.11』by H. Eccles
イギリスのバロック後期のヴァイオリニストHenry Eccles (1670–1742)によるヴァイオリンソナタ。エックレスとローマ字読みされるが、音を聞いているとエクルズと発音する方が正しい模様。
1720年に「Twelve Solos for the Violin」を出版、同時代の作曲家Giuseppe Valentiniからのメロディの借用も見受けられるが、そのなかで一番有名なこのヴァイオリンソナタト短調は、その大半がEcclesのオリジナルと言われている。
この曲を弾くにあたって、対峙する、というか極端に心構えする必要もなく、対面するメロディを楽しみながら弾くことのできる素晴らしい作品と言える。左手のポジションもそれほど難しいものではないし、偶数ポジションを多用する曲でもないのでね。
音楽的な話ではないですがw。
この曲、深遠な響き、悠然と流れるテンポ、バロックにありがちなパターンにはまらない歌心のある美しいメロディ、どこを切っても奏者惹きつけてやまない名曲のひとつであり、やはり数多くはないが名演奏が存在しているのですな。
①Ayo, Felix(フェリックス・アーヨ)
まずはあのイ・ムジチ合奏団の黄金時代にコンサートマスターとして君臨した名手の演奏から。Felix Ayo(フェリックス・アーヨ)のこのディスクはいわゆるバロック時代の名曲を集めたディスクとして再発されたりサービス品で売られたりしているので、いくつかのジャケットパターンがあるが、現在も手に入るのはこちらだけの模様。Ecclesのsonata以外にも数々の名曲が納められており、ヴァイオリンってこんな美しく響くのね、と新鮮な気分になれる、というかマジでビビる一枚。
収録曲は以下。
1. ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ第3番ニ長調op.9-3(ルクレール)
2. ヴァイオリン・ソナタ ト短調(エックレス)
3. 同ト短調「悪魔のトリル」(タルティーニ)
4. シチリア舞曲(パラディス)
5. イントラーダ(デプラーヌ)
おそらくこのCDのメインは間違いなくタルティーニの「悪魔のトリル」に違いない。
然しながら曲順はEcclesから。そしてEcclesで充分歌心のあるメロディで悪魔のトリルのお株を奪う珠玉の出来である。
完全に蛇足だが、Felix Ayoの名演は、実はこのEcclesでもなく「シチリア舞曲(パラディス)」だと個人的には思うのだけれど、それはまた今度w。
②Thibaud, Jacques(ジャック・ティボー)
なお、現代の名手たちが端正な演奏を繰り広げているのに対し、旧世紀のヴィルトゥオーゾが残したディスクは、歌心あるメロディに特化した、というか純化した一枚。お手本とするには危険な香りがするが、歌うとはこのようにするのだな、と心揺さぶられる録音。
第1曲目のGraveとかそりゃあもうステキですよ。
ジャック・ティボー(Jacques Thibaud, 1880~1953年)は、フランス出身のヴァイオリニスト。フランコ=ベルギー派の代表格であり、フリッツ・クライスラー、ジョルジュ・エネスコと並び20世紀前半の三大ヴァイオリニストと称された名ヴァイオリニスト。
現在では「ロン=ティボー国際コンクール」にてその名前が残り、演奏は聴いたことはないが名前は知っている、という人も多いのではないだろうか。
かく言う自分もそうだったし。
1905年にはピアニストのアルフレッド・コルトー、チェリストのパブロ・カザルスとともにカザルス三重奏団(カザルストリオ)を結成した。
このカザルストリオ、コルトーの多彩で詩的なピアノ、ティボーの繊細で高雅なヴァイオリン、カザルスの精神的で雄弁なチェロという個性がひとつとなった音楽界の奇跡と言われ、30数年間継続して活動を続けている。
ちなみに、1943年にはマルグリット・ロンと共同で音楽コンクールを開催、これが上述のロン=ティボー国際コンクールとして若手音楽家の登竜門となっている。
然しながら1953年、3度目の来日途中、搭乗したエールフランスがニースへのファイナルアプローチ中に、アルプス山脈に衝突、41名の乗員乗客全員と共に亡くなってしまった悲劇のヴァイオリニストでもある。
そんなストーリーを心に留め置いて聴いていると、モノラル録音ではあるものの、ふと懐かしさを感じさせるような、そんな香りのする録音なのですね。
ま、そんな感じで。
追記
Felix Ayoの「シチリア舞曲(siciliana)by Maria Theresa von Paradies」が・・・と思ってiTunesをしらべているとLeonid Koganに師事した日本人ヴァイオリニスト、天満敦子がEcclesもParadiesも収めていたCDを発売してました。
③天満敦子(Tenma Atsuko)
結構豪快にガリガリ弾くなぁ、とは以前から思ってはいたけれどKoganの芸風を彼女を通じて聴くと思うのであれば、これもまた歌心系としてアリかも。
ってなところでまた次回。
[…] エックレスのヴァイオリンソナタに関してのレビューはこちら。 […]